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童謡「七つの子」の七つって七歳なの? 七羽なの?

            「か~ら~す~ なぜなくの~♪」ではじまる童謡、だれもが一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

この歌のタイトルにもなっており、歌詞にも登場する「七つの子」の「ななつ」とは何を意味するのでしょうか。 7羽のカラス? それとも、7歳のカラス?

7歳になったこどもに聞かれ、「ななつ」の意味、そして、この詩の意味について調べてみました。

ところで七つ子の歌詞ってどんなだったっけ?

ところで七つの子の歌詞って覚えていますか? 冒頭は覚えているけど、全部覚えている方が少ないのではでしょうか。

からす なぜなくの からすはやまに かわいいななつのこがあるからよ かわいい かわいいと からすはなくの かわいい かわいいと なくんだよ やまのふるすへ いってみてごらん まるいめをした いいこだよ

改めて歌詞を全部読んでみると、カラスがとても可愛らしい生き物として描かれていることが分かります。 7つの子は、カラスのイメージアップソングと言えるかもしれません。 さて、ではこの歌の意味を、もう一歩深く、考えてみましょう。

七つの子の歌の作詞家は誰?

七つの子を作詞したのは、野口雨情(1882年(明治15年)5月29日 - 1945年(昭和20年)1月27日)。 詩人であり、多くの童謡や民謡の作詞をしました。 野口雨情は七つの子の他にも、今の子供達も知っている歌、シャボン玉、赤い靴をはいた女の子、十五夜お月さんなど多くの名作を残した詩人です。 北原白秋、西条八十とともに、童謡界の三大詩人と謳われています。

七つの子はいつ頃作られたの?

七つの子の原型は「山烏」というタイトルの詩 七つの子の原型は、「山烏」というタイトルの詩です。 「山烏」が発表されたのは明治40年。今から110年以上も昔のことです。 野口雨情は、その後、「山烏」の詩を全面的に改訂して、童謡「七つの子」として発表したそうです。 ちなみに「山烏」は以下のような歌詞だそうです。

山烏 烏なぜ啼く 烏は山に 可愛い七つの 子があれば

「七つ」の解釈について

詩を書いた野口雨情は「七つ」について特に言及せず

曲名にある七つの解釈について、作詞家である野口雨情本人は特に言及しなかったそうです。 そのため、今でも、「七歳の子供」という説や、「7羽の子」という説があり、はっきりとはしていないそうです。

七つの子はたくさんの子を示す??

野口雨情本人の「七つの子」に対する説明

しかし、雨情自身が、内容の説明として解説を加えた一文があるとのこと。(以下、「童謡と童心芸術」からの引用)

静かな夕暮れに一羽のカラスが鳴きながら、山の方へ飛んでいくのを見て、少年は友達に 「何故鳴きながら飛んでいくのだろう」と尋ねましたら、 「そりゃあ、君、カラスはあの向こうの山にたくさんの子供たちがいるからだよ、あの泣き声を聞いてみたまえ、かわいいかわいいと言っているではないか、その可愛い子どもたちは、山の巣の中で親ガラスの帰りをきっと待っているに違いないさ」 という気分を歌ったのであります。

この説明からすれば七つの子というのは「たくさんの子」を示しているように考えられます。

七つの子とは7歳の女の子を示す??

子・野口存彌のコメント 野口雨情の子供である、野口存彌さんは以下のようにコメントしています。 (以下、「童心の詩人 野口雨情」からの引用)

「七つの子」が7歳の子かまたは7羽の子を指示するのかが問題点として取り上げられることがある。雨情はその解釈に関して作品の発表後はこだわりを示していないが、本意は帯ときの式を迎えた7歳の女児とするところにある。 「帯びときの式」とは、今でいう七五三の7歳お祝いを意味するものです。

昔は現代のように医学が発達していなかったので、幼児の死亡率は今よりもずっと高く、7歳までの子は神様のものだとまで言われることもありました。 そのため、七五三のお祝いは今まで無事に成長したことへの感謝、そして、幼児から少年少女への節目にこれからの将来と長寿を願うという意味を持っているそうです。 童謡の謎を追った、「こんなに不思議こんなに哀しい童謡の謎ベストセレクション」には、その頃カラスはとも身近な鳥の一種であったことから、大空を駆け巡り、羽ばたく烏に、子供も大きな夢を持って大空高く飛んで欲しい、元気で育ってほしいという親の心が、子をカラスに例えたのではないかという説書かれています。 七つの子は7歳の女の子を示すという説も説得力があるように思えます。

七つのことは7歳の男の子、自分の子を示す??

地元磯原で植林時代

野口雨情は地元の磯原で林業を営んでいた時代がありました。 当時は山奥に小屋を作りすぎのの駅を植える仕事を、自分でしていたそうです。 野口雨情は自然が大好きで、お弁当を持って山に行くことが楽しみでだそうです。 幼い息子さん、雅夫さんを伴って山に行くこともあったそうです。 「野口雨情伝」には、親子で深い谷から弁当箱にいっぱいの水を汲んできて、杉の子にかけてやったという温かいエピソードや親子で山のカラスを眺めて、「あのカラスがお父さんのカラスを探しているのか、お母さんのカラスを探しているのかどちらだと思う?」と話をしたというエピソードが載っています。 当時、息子さんは数え年7歳だったそうです。 本書には、童謡七つの子の原風景は7歳だった息子との思い出がベースになっていると書かれています。

「七歳」「七羽」ではなく、あえて「七つ」とした?

さてさて、いろんな説が出てきましたが、本当の意図は何だったのでしょうか。 と考えている時に、このような説を見つけました。

雨情が「七羽」とも「七歳」ともせず、「七つ」と表記したのはこれが一面的なものではなく、重層的な意図があったと見ることができる。 (「野口雨情 童謡の時代」より)

詩の世界、作詞の世界では、韻を踏む言葉を使ったり、一つの言葉に二つの意味を持たせてかけ言葉を用いたりする、「言葉遊び」が、ごく一般的に行なわれます。 この詩を聞いた人の頭の中で、七羽のカラスが想起されるか、七歳の子どもが想起されるかは、受け取る人やその時々の心情によってまちまちかもしれません。 作者の狙いは両方のイメージを想起させ、自然とこどもへの愛が感じることだったのではないでしょうか。 「ななつ」が七歳か七羽かの解はなく、両方が正解なのかもしれないな、と思いました。

参考文献